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東京高等裁判所 昭和36年(う)188号 判決

控訴人 被告人 花田瑛一 外一名

弁護人 細野良久

検察官 多田正一

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、末尾に添付した被告人らの弁護人細野良久各作成名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりであつて、これに対し、当裁判所は、弁護人の請求により、事実の取調として、北村芳嗣、清水たきをそれぞれ証人として尋問した上、次のとおり判断する。

被告人花田に関する論旨第二(事実誤認)について。

論旨は、原判決認定の犯人小笠原郁夫を隠避せしめた事実について、被告人に右小笠原を隠避せしめる意思は更にないばかりでなく、右小笠原は結局原判示の東洋郵船株式会社社長横井英樹に対する殺人未遂被疑事件について不起訴となつている事実に鑑み、被告人が犯人でない右小笠原に金員を供与しても犯人隠避罪を構成しないから原判決の認定は事実を誤つたものであつて、破棄を免れないというのであるが、原判決が事実認定に供した関係証拠を逐一検討すると、それらの証拠によつて犯意の点を含めて優に原判示の被告人が小笠原を隠避せしめた事実を認定することができるのであつて記録を精査しても原判決には所論のような事実誤認の廉はない。論旨は右小笠原が前記殺人未遂被疑事件について不起訴となつた事実を捉えて本件犯罪の不成立を主張するが、およそ刑法第一〇三条の規定は司法に関する国権の作用を妨害する者を処罰する趣旨であるから(最高裁判所刑事判例集第三巻第九号一四四〇頁参照)現に捜査が行われている被疑事件に関連して罰金以上の刑に該る罪を犯したものとして逮捕状が発布されている者であることを知りながらその逮捕を免れしめる意図の下に犯人を隠避せしめれば直ちに犯人隠避の罪が成立し、よしんばその後犯人が当該被疑事件につき不起訴処分を受けたとしても、一旦成立した犯人隠避罪に何ら消長を来すものではないと解するのが相当であつて、被告人が前記小笠原をして逮捕を免れしめるため、同人に逃走のための資金を供与した当時、小笠原に対する逮捕状が発布されていて、所論の東洋郵船株式会社社長横井英樹に対する殺人未遂被疑事件が現に捜査中のものであつたことは証拠上疑いのないところであるから、所論のように被告人が本件で起訴された後、何らかの事由で右小笠原が不起訴処分を受けたとしても、そのために被告人の本件刑事責任が解消される理由は少しもないのである。所論は独自の見解に立脚して原判決の事実誤認を主張するもので採用の限りでない。従つて論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小林健治 判事 松本勝夫 判事 太田夏生)

弁護人細野良久の控訴趣意

第二、事実誤認

原判決理由第一の二の事実については法律上犯人隠避の構成要件を欠き罪とならざるものである。右事実は殺人未遂犯人である小笠原郁夫に対し逃走費用を供与して同人を隠避したと云うのであるが小笠原郁夫は横井英樹に対する殺人未遂の容疑者として逮捕状が出されていた事は事実であるが同人は右の事件の犯人ではなく検察庁も同人を殺人未遂事件と起訴しなかつたものである。従つて犯人ならざる者に金員を供与しただけで犯罪は成立しない。ことに被告人花田は小笠原郁夫が横井襲撃事件に何らの関係がない事をよく知つていたので、ただ、小笠原が誤つても逮捕された場合気の毒だと思つて金員を供与したのであつて犯人である同人を隠避する意思は全然なかつた事は全証拠から見て明らかである。東京地方検察庁は本件起訴当時は小笠原郁夫を殺人未遂被疑事件により勾留していたので右の如き起訴をしたがその二、三日後に小笠原郁夫の殺人未遂事件は不起訴と決定した。その後小笠原郁夫を隠避した被疑者趙春樹、小林初三、王長徳、三田幸夫に対しては同人等の隠避した日時が被告人花田の金員を供与した日より以前であるに不拘ず小笠原郁夫を不起訴としたためその後は安藤昇等の殺人未遂事件の証拠湮滅罪として起訴している。従つて検察庁としても小笠原郁夫が殺人未遂の犯人でないことを判明した後は小笠原に対する犯人隠避罪は成立しないと云う建前を取つていると思われる。

従つて本件は罪とならざるもので事実誤認と謂わざるを得ない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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